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芸術・無意識・脳―精神の深淵へ:世紀末ウィーンから現代まで

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によって エリック・R・カンデル
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内容紹介 「無意識の世界」へと向かった芸術家と科学者たちはこれまでに何を明らかにしてきたのか? 人はなぜ「美醜」や「感情」を感じるのか? そして知覚とは、創造性とは、人の心とは? 現代を代表するノーベル賞受賞神経科学者による、無意識を巡る探究の壮大な百年史。 フロイト、クリムト、ココシュカ、シーレ、シュニッツラーから、リーグル、ゴンブリッチ、クフラー、ゼキ、ラマチャンドラン、フリス・・・。自然科学と芸術、そして人文科学の多分野を統合する試み、待望の邦訳。図版も多数掲載。4色刷り 著者について 著者略歴 エリック・カンデル 1929 年,ウィーン生まれ。米コロンビア大学教授。現代を代表する脳神経科学者。記憶の神経メカニズムに関する研究により2000 年,ノーベル医学生理学賞を受賞。邦訳された著書に『記憶のしくみ』(講談社ブルーバックス,2013 年),『カンデル神経科学』(メディカル・サイエンス・インターナショナル,2014 年)。 訳者略歴 須田年生 シンガポール国立大学医学部教授,熊本大学国際先端医学研究拠点拠点長。小児科と血液内科の臨床診療に従事した後,幹細胞の基礎研究に専念するようになる。現在はシンガポールと日本を行き来しながら研究を続ける。慶應義塾大学名誉教授。 須田ゆり 新聞記者,翻訳家。主に医療と基礎生物学の記事を書いている。田中耕一著『生涯最高の失敗』,河岡義裕他著『闘う! ウイルス・バスターズ 最先端医学からの挑戦』などの編集に携わったほか,『生物学! 』(ジョン・クレス他著)などの翻訳も手がけた。
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著者はウイーン生まれの神経科学者である。フロイトの無意識は、還元主義的方法論で見出されたものではなく、また性的原因一元論に見えるから、彼の発案した精神分析は疑似科学とみなされ、アメリカでは流行しているものの医学的なものではないとして許容されている。著者は、大胆にフロイトを再評価し、彼の言うエゴ、スーパーエゴ、イドが局在する脳領域まで図示されている。ただし、言われてみれば、もっともと思える。詳しく説明されている視覚情報の脳内での処理過程も、意識の表面には登らないから無意識的と言える。そして、我々が見ている”現実”は、脳が作り上げている現実のある種のモデル、極端に言えば幻想なのだ。それは、本書でいくつか紹介されている錯視図を見れば、簡単に理解できる。単なる曲線を連ねただけなのに、見事な3次元的な波の重なりが見えたりする。この知見からさらにいくつかの事例を重ねて、結局意識とは演劇に例えれば、たくさんの裏方と舞台にいる脇役に支えられた主役俳優のみにスポットライトがあたっている状態に例えられている。意識とは多くの表層より下の水準での神経科学的プロセスが統合されて、その一部のみが意識として感じることができるというわけだ。また、芸術を扱うわけだから、当然情動についても多くのことが語られている。デカルト的な理性と情動は別のものという考えはーそれはもう古いわけだがー、端的に間違いで、両者は分かち難く結びついているのだ。片方が損傷を受ければ、両者は同時に機能しなくなってしまう。中間部では、クリムト、ココシュカ、シーレの画業についてふんだんに紹介されている。評者はかつてクリムトが大好きだったが、最近はココシュカの魅力に目覚めたところだ。著者はあとがきで、特にココシュカを愛好していると書いている。また、クリムトのとても性的な素描は初めて見た(あっても当然という感じだが)、シーレのそのような素描は有名で見る機会も多いのだが、クリムトについてはある意味驚いた。著者は後半で絵画鑑賞の神経科学的基盤について語るから、ここでは彼らの描いた肖像画について、それらのどこが我々の情動を引き出すのか、について語っている。さらに、我々の人間の顔認識と社会的交流の神経学的基盤について詳しく説明されている。本書は全体として、とても興味深く読むことができた(紙が良いせいか、本はとても重かったが)。それは、著者の美術愛好が本物で、さらに神経科学の専門家、それも先端を走ってきた人物だからだと思う。非常に神経科学が進展した現在でも、絵画芸術の創作と鑑賞の神経科学的基盤の解明には、まだいくつかの中間ステップの解明が必要だと感じたし、結論部分で同じようなことが書いてあった。なお、美しい女性の顔を見る喜びは何と素晴らしいものだろう、と書かれており、カッコで図が示されていて、見るとごく普通の理知的な女性の顔だと思ったが、訳者注で著者夫人の写真と書いてあった。著者の雅気を感じた。

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